「クレーム対応の研修をやってと言われたけれど、何から準備すればいいかわからない」「外部研修に一度参加したものの、現場ではほとんど活かされていない」――訪問看護ステーションの事務担当者や管理者から、よく聞く悩みです。電話や窓口で最初に苦情を受けるのは事務であることが多いのに、事務向けの研修は後回しになりがちです。
結論から言うと、訪問看護のクレーム対応研修は「目的とゴールを決める」「事例を集める」「ロールプレイ中心で実施する」「1か月後に振り返る」の4つの手順で組み立てると現場に定着します。この記事では、事務担当者がそのまま使えるロールプレイ台本、研修後の振り返りシートの項目、2026年10月から事業主に義務づけられたカスタマーハラスメント対策との関係まで、順を追って解説します。
この記事でわかること
- 訪問看護でクレーム対応研修が必要とされる理由と制度上の位置づけ
- 研修を企画してから定着させるまでの4つの手順
- 事務担当者向けのロールプレイ台本(電話で苦情を受ける場面)
- 研修後の振り返り・効果測定のやり方
- 外部研修を選ぶときのチェックポイント
目次
訪問看護でクレーム対応研修が必要な理由
訪問看護は、利用者の自宅という生活の場にサービスを届ける仕事です。訪問時間の変更、看護師の言葉づかい、利用料の請求額、書類の不備など、苦情のきっかけは日常のあちこちにあります。そして苦情の多くは、まずステーションの代表電話にかかってきます。電話を取るのは、多くの場合事務担当者です。
最初の一言で対応を誤ると、もともとの不満に「対応が悪い」という不満が重なり、いわゆる二次クレームに発展します。反対に、最初の受け止め方が適切であれば、その後の看護師や管理者による説明もスムーズに進みます。事務担当者の初期対応の質が、クレームの大きさを左右すると言っても言い過ぎではありません。クレーム対応の基本的な考え方は「訪問看護のクレーム対応とは?事務員が知っておきたいポイント」でも整理しています。
運営基準で求められる「苦情処理」と「研修の機会」
介護保険の訪問看護では、指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号)の第36条(苦情処理)が第74条で準用されています。利用者や家族からの苦情に迅速かつ適切に対応するために、苦情を受け付ける窓口を設置する等の措置を講じ、苦情の内容等を記録することが求められています。
同じく準用される第30条(勤務体制の確保等)では、従業者の資質向上のための研修機会の確保や、職場におけるハラスメントを防止するための方針の明確化等の措置が定められています。クレーム対応研修は、こうした体制を「書類上あるだけ」にせず、実際に動く仕組みにするための手段と位置づけられます。
2026年10月からカスタマーハラスメント対策が事業主の義務に
改正労働施策総合推進法により、令和8年(2026年)10月1日から、カスタマーハラスメント対策が事業主の義務になりました。厚生労働省のリーフレットでは、利用者やその家族も「顧客等」に含まれると明記されています。事業主が講ずべき措置として、次のような項目が挙げられています。
- カスタマーハラスメントには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、周知・啓発する
- カスタマーハラスメントの内容と、あらかじめ定めた対処の内容を労働者に周知する(可能な限り一人で対応させない、管理監督者に指示を仰ぐ等)
- 相談窓口をあらかじめ定めて周知し、窓口担当者が適切に対応できるようにする
- 事実関係の確認、被害者への配慮、再発防止などの事後対応を行う
一方で同じリーフレットには、顧客等からの苦情のすべてがカスタマーハラスメントに該当するわけではないとも書かれています。つまり研修では「正当な苦情には誠実に対応する」ことと「社会通念上許容される範囲を超えた言動からは職員を守る」ことの両方を、具体的な線引きとともに教える必要があります。
クレームとカスハラの違いって、電話を受けているその場ではなかなか判断できない気がします……。
そうなの。だからその場で一人で判断させないことが大事。研修では「この言動が出たら管理者に代わる」という合図を決めて、全員で練習しておくのよ。
クレーム対応研修を組み立てる4つの手順
ここからは、ステーション内で研修を企画・実施する流れを4つの手順で説明します。小規模なステーションでも、管理者と事務担当者の2人で準備できる内容です。
手順1 研修の目的とゴールを「行動」で決める
最初に決めるのは、研修が終わったときに参加者が何をできるようになっていればよいかです。「クレーム対応力を高める」のような抽象的な目標では、効果を確かめられません。次のように、観察できる行動で書くのがポイントです。
- 苦情の電話を受けたら、最初の30秒で「不快な思いをさせたこと」へのお詫びと傾聴の姿勢を示せる
- 相手の名前・利用者名・日時・内容・希望を、決められたメモ様式で漏れなく記録できる
- 自分で回答できない内容は、折り返しの時間を伝えて管理者に引き継げる
- 暴言や長時間の拘束が続いたとき、決められた言い回しで管理者に交代できる
対象者も明確にします。事務担当者向けなら「電話・窓口での初期対応」、看護師向けなら「訪問先での対応」、管理者向けなら「引き継ぎを受けたあとの判断と記録」と、役割ごとにゴールが変わります。全職員を一度に集めるのが難しい小規模ステーションでは、まず事務担当者と管理者だけで始めてもかまいません。
手順2 自事業所の苦情記録から事例を集める
研修の題材は、市販の事例集よりも自事業所で実際に起きた苦情が効果的です。運営基準で求められている苦情の記録が、そのまま教材になります。個人が特定されないよう利用者名や日付を伏せたうえで、次のように分類しておきましょう。
| 分類 | 事務が受けやすい苦情の例 | 研修で押さえる点 |
| 訪問日時 | 「今日の訪問が遅れている」「予定を勝手に変えられた」 | 状況確認と折り返し時間の伝え方 |
| 請求・利用料 | 「先月より請求額が高い」「領収書が届かない」 | 請求内容を確認してから回答する手順 |
| 職員の言動 | 「看護師の言い方がきつかった」 | 事実確認前に断定・謝罪しすぎない言い回し |
| 書類・連絡 | 「書類にハンコを押したのにまた求められた」 | 書類の目的をわかりやすく説明する |
| 要求の範囲 | 「契約にない作業もやってほしい」 | 契約内容に沿って断る言い回しと管理者への引き継ぎ |
苦情記録が少ない開設まもないステーションでは、管理者や看護師に「過去の職場でヒヤッとした電話」を聞き取ると、現実味のある事例が集まります。
手順3 講義は短く、ロールプレイを中心に実施する
クレーム対応は、知識として知っていても、相手の強い口調を前にすると言葉が出てこないものです。研修時間の多くをロールプレイ(役割演習)に充てる構成が現場では使いやすいでしょう。60分の研修であれば、次の配分が一つの目安です。
- 導入・講義(15分)事業所の方針(カスハラから職員を守ること、正当な苦情には誠実に対応すること)、初期対応の基本、管理者に交代する基準を確認します。
- ロールプレイ(30分)3人1組で「利用者家族役」「事務役」「観察役」を交代しながら、手順2で集めた事例を演じます。
- 振り返り・共有(15分)観察役からのフィードバックと、うまくいった言い回しを全体で共有し、マニュアルに追記します。
相手役は、最初は穏やかな口調から始め、慣れてきたら少し強い口調にするなど段階をつけると、参加者の緊張がやわらぎます。演習で相手役を務めた職員がつらくならないよう、終了後に役から降りる時間を取ることも大切です。
手順4 1か月後に振り返り、マニュアルを更新する
研修は「実施して終わり」にすると、数週間で元に戻ってしまいます。研修から1か月ほどたった時点で、次のような振り返りを行いましょう。
- 研修後に受けた苦情の件数と内容(苦情記録から確認)
- メモ様式どおりに記録できていたか
- 管理者への引き継ぎは決めた基準どおりに行えたか
- 参加者アンケート(「自信を持って対応できるようになったか」を5段階で聞くなど)
振り返りで出た改善点は、接遇マニュアルや電話対応マニュアルに反映し、次回の研修の題材にします。この「苦情記録 → 研修 → マニュアル更新」の循環ができると、研修が年1回のイベントではなく日常業務の一部になります。
ロールプレイって、同僚の前で演じるのが恥ずかしいです……。
最初はみんなそうよ。だから台本を用意して、まずは読み合わせから始めるの。本番の電話で言葉に詰まるより、練習で詰まっておくほうがずっといいわ。
そのまま使える事務向けロールプレイ台本
ここでは、事務担当者がもっとも受けやすい「請求額に関する問い合わせが苦情に変わる電話」を題材にした台本例を紹介します。事業所名や担当者名は自事業所に置き換えて使ってください。
台本例:「請求額が高い」という利用者家族からの電話
家族役:「先月の請求書を見たんですけど、前の月より高いですよね。どういうことですか。説明もなかったですよ。」
事務役:「ご連絡いただきありがとうございます。請求額のことでご心配をおかけし、申し訳ございません。確認いたしますので、利用者様のお名前と、お手元の請求書の月を教えていただけますか。」
家族役:「〇〇です。10月分です。毎月同じだと思っていたのに。」
事務役:「〇〇様の10月分ですね。前月と比べて金額が上がっている点を確認し、本日〇時までに担当者から折り返しご説明いたします。ご連絡先はこちらのお電話番号でよろしいでしょうか。」
観察役のチェック項目:最初にお詫びと感謝を伝えたか/その場で推測の理由を答えていないか/折り返しの時間を具体的に伝えたか/必要な情報をメモできたか
この場面のポイントは、その場で理由を推測して答えないことです。訪問回数の増加、加算の算定、負担割合の変更など、請求額が変わる理由はいくつも考えられます。記録や請求データを確認する前に「たぶん加算が付いたからだと思います」と答えると、事実と違った場合にさらに大きな不信につながります。場面別の伝え方は「訪問看護のクレーム対応例文」でも紹介しているので、台本づくりの参考にしてください。
カスハラに移行したときの「交代の言い回し」も練習する
台本には、相手の言動がエスカレートした場合の分岐も入れておきます。たとえば、同じ要求を繰り返して長時間電話を切らせない、暴言が続く、といった場面です。
交代の言い回し例
「大変申し訳ございませんが、このお話は私ではお答えできかねますので、責任者に代わります。少々お待ちいただけますでしょうか。」
「お電話が長くなっておりますので、いったん内容を整理し、責任者から改めてご連絡いたします。」
どのような言動が出たら交代するか、管理者が不在のときは誰に代わるかを、事業所の方針として決めておきましょう。電話での線引きと対応フローは「カスハラ電話の対応マニュアル」で詳しく解説しています。
研修を現場に定着させる仕組みづくり
研修の効果を長続きさせるには、研修以外の日常の仕組みとセットにすることが欠かせません。
苦情・ヒヤリハットの共有を定例化する
月1回の会議の一部で、その月に受けた苦情を共有する時間を設けます。このとき大切なのは、対応した職員個人を責めないことです。「誰が悪かったか」ではなく「どの仕組みを変えれば防げたか」を話し合うと、職員が苦情を報告しやすくなり、記録の質も上がります。
対応した職員を守るフォロー体制をつくる
強い口調の電話を受けたあとは、経験のある事務担当者でも気持ちが沈むものです。管理者がひと声かける、対応直後に短い休憩を取れるようにする、同じ相手からの電話は別の職員が受けられるようにする、といった配慮をルールにしておきましょう。厚生労働省のリーフレットでも、被害を受けた労働者への配慮のための措置が事業主の講ずべき措置として示されています。気持ちの切り替え方については「クレームでメンタルがやられると感じたときにとるべき方法」も参考になります。
公的な研修教材を活用する
研修資料を一から作る時間がない場合は、厚生労働省が公開している教材を活用できます。厚生労働省の「介護現場におけるハラスメント対策」のページでは、「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」と、管理者向け・職員向けの「研修のための手引き」(令和3年度改訂版)、職員向け研修動画、事例集が公開されています。利用者や家族からのハラスメントを想定した内容のため、訪問看護の研修にも取り入れやすい教材です。
外部のクレーム対応研修を選ぶときのチェックポイント
ステーション内だけで研修を回すのが難しい場合は、外部の研修やセミナーを利用する方法もあります。選ぶときは、次の点を確認しましょう。
| チェック項目 | 確認したいこと |
| 医療・介護の事例か | 一般企業の接客事例だけでなく、利用者家族やケアマネジャーとのやり取りなど在宅医療・介護の場面を扱っているか |
| 演習の比率 | 講義だけで終わらず、ロールプレイなどの演習が組み込まれているか |
| カスハラ対策との整合 | 2026年10月からの事業主の義務(方針の明確化、相談体制、事後対応など)を踏まえた内容か |
| 事務職向けの内容 | 電話・窓口での初期対応や記録の取り方など、事務の役割に合った内容があるか |
| 研修後のフォロー | 資料の持ち帰りや、研修後の相談・フォローアップの有無 |
外部研修に参加した場合も、受講した職員が内容をステーションに持ち帰り、手順4の振り返りとマニュアル更新につなげることで、はじめて組織の力になります。
外部研修に行ったら、帰ってきてから何をすればいいですか?
「うちのステーションで使える言い回し」を3つだけ選んで、次の会議で共有してみて。全部を伝えようとしなくていいの。使えるものから現場に入れていくのがコツよ。
よくある質問
クレーム対応研修はどのくらいの頻度で行えばよいですか?
頻度に決まりはありませんが、年1〜2回のまとまった研修に加えて、月1回の会議で苦情事例を共有する形にすると定着しやすくなります。新しい職員が入ったときには、個別にロールプレイを行う機会を設けるとよいでしょう。
事務職員もクレーム対応研修を受ける必要がありますか?
受けておくことをおすすめします。苦情の電話を最初に受けるのは事務職員であることが多く、初期対応の仕方によってその後の展開が大きく変わるためです。事務職員向けには、電話での初期対応、記録の取り方、管理者への引き継ぎの基準を中心に研修を組み立てます。
カスタマーハラスメント対策の義務化で、研修は必須になったのですか?
令和8年10月1日から、カスタマーハラスメントの防止のために、方針の明確化と周知、相談体制の整備、事後の迅速かつ適切な対応などの措置を講じることが事業主の義務になりました。厚生労働省のリーフレットでは、研修の実施は事業主の責務や望ましい取組として示されています。方針や対処の内容を職員に周知する手段として、研修を活用するのが現実的です。
研修の教材はどこで手に入りますか?
厚生労働省の「介護現場におけるハラスメント対策」のページで、対策マニュアル、管理者向け・職員向けの研修の手引き、研修動画、事例集が公開されています。これらに自事業所の苦情記録から作った事例を組み合わせると、現場に合った教材になります。
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まとめ|クレーム対応研修は「ロールプレイ」と「振り返り」で定着させる
訪問看護のクレーム対応研修は、一度の講義で終わらせず、自事業所の事例を使った演習と、その後の振り返りまでを一つの流れとして設計することが大切です。
この記事のまとめ
- 苦情の電話を最初に受けることが多い事務担当者こそ、研修の対象に含める
- 研修は「ゴール設定→事例収集→ロールプレイ→1か月後の振り返り」の4手順で組み立てる
- ゴールは「最初の30秒でお詫びと傾聴を示せる」のように行動で書く
- 請求額などの問い合わせには、その場で推測の理由を答えず折り返す
- 令和8年10月1日からカスハラ対策は事業主の義務。管理者に交代する合図を決めて練習する
- 苦情は職員を責めずに共有し、マニュアル更新と次の研修につなげる
まずは直近の苦情記録を1件選び、台本にして読み合わせるところから始めてみてください。