「利用者さんが実印を持っていなくて、契約が進められません」——訪問看護の契約手続きの現場では、こうした相談が意外と多く寄せられます。高齢の利用者や、その家族が遠方に住んでいるケースでは、押印そのものがハードルになることも珍しくありません。
実は、契約書に押印がなくても、契約そのものは法律上有効に成立します。この記事では、訪問看護の利用契約書における押印の法的な位置づけを一次情報にもとづいて整理したうえで、押印を省略する際の注意点、電子契約に切り替える場合の実務ポイントまで解説します。
この記事でわかること
- 訪問看護の契約書に押印が法律上必須かどうか
- 訪問看護の運営基準における重要事項説明・契約の電磁的対応の位置づけ
- 押印を省略する場合に気をつけたい3つのポイント
- 電子契約に切り替える場合の実務ポイント
- 押印・電子契約対応を見直すための5つのステップ
目次
訪問看護の契約書に押印は法律上必須なのか
結論から言うと、契約書への押印は、訪問看護の利用契約においても法律上の必須要件ではありません。内閣府・法務省・経済産業省が公表した「押印についてのQ&A」(令和2年6月19日)では、次のように整理されています(確度高・一次情報で確認済み)。
POINT(一次情報より)
「私法上、契約は当事者の意思の合致により成立するものであり、書面の作成及びその書面への押印は、特段の定めがある場合を除き、必要な要件とはされていない。特段の定めがある場合を除き、契約に当たり、押印をしなくても、契約の効力に影響は生じない。」
押印には、民事訴訟法第228条第4項により「本人の押印があれば、その文書は本人が作成したものと推定される」という効果がありますが、これはあくまで裁判になった場合の立証負担を軽減する効果であり、契約そのものの成立要件ではありません。この点を理解しておくと、押印にこだわりすぎず、利用者に合わせた柔軟な契約手続きを検討しやすくなります。
押印がなくても契約は成立するんですね。でも、うちのステーションでは今まで必ず実印をお願いしていたんですが、あれは何のためだったんでしょうか?
後から「契約した覚えがない」と言われたときに、本人が作成した文書だと証明しやすくする、いわば保険のような役割ですね。ただし認印の場合は、その証明力もそこまで強くないとされています。押印は「あった方が望ましいが、なければ契約が無効になるわけではない」という位置づけで理解しておくのがいいと思います。
訪問看護の重要事項説明・契約における電磁的対応の位置づけ
訪問看護の利用契約に先立って行う重要事項説明・同意についても、書面だけでなく電磁的方法によることが認められています。訪問看護は「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」(平成11年厚生省令第37号)に定められた訪問介護の重要事項説明に関する規定(第8条)を準用する形で運営されており、次のような要件のもとで電磁的方法による説明・同意も可能とされています(確度中〜高・法令原文にもとづく整理)。
| 方法 | 主な要件 |
| 書面による説明・同意 | 重要事項を記した文書を交付し、説明のうえ同意を得る(従来型) |
| 電磁的方法による説明・同意 | あらかじめ利用申込者・家族に電磁的方法の種類・内容を示し、文書または電磁的方法による承諾を得る。利用者側がファイルの記録を出力して文書を作成できる状態であることが必要 |
つまり、事前に利用者・家族の承諾を得ることと、利用者側で内容を保存・出力できる状態にしておくことが前提条件になります。これらの要件を満たさないまま電磁的方法に切り替えることはできない点に注意が必要です。
電磁的方法でもいいなら、全員タブレットで済ませてしまってもいいんでしょうか?
制度上は可能ですが、必ず事前に利用者・家族の承諾を得る必要がありますし、訪問看護を利用される方はご高齢の方も多いので、書面と電磁的方法のどちらを希望されるか、個別に確認する姿勢が大切です。契約書類全体の整理についてはこちらの記事も参考にしてみてください。
押印を省略する場合に気をつけたい3つのポイント
押印が必須でないとはいえ、省略する場合には次の3点をあらかじめ整理しておくことが重要です。
- 成立の真正性を証明する手段を確保する:押印の代わりに、本人確認情報(氏名・住所・身分証等)の記録・保存、説明時のやり取りの記録などを残しておく
- 利用者・家族への配慮を欠かさない:高齢の利用者の中には押印の慣習に安心感を持つ方もいるため、一律に廃止するのではなく希望を確認する
- 事業所内のルールを統一する:担当者によって対応が分かれないよう、押印を省略する場合の社内基準(対象範囲・記録方法)をあらかじめ定めておく
注意
押印がなくても契約は有効ですが、後日「説明を受けていない」「同意していない」といったトラブルに発展するリスクはゼロになりません。説明日時・説明者・同意の経緯を記録に残しておくことが、押印の有無にかかわらず重要です。
電子契約に切り替える場合の実務ポイント
押印の省略から一歩進んで、契約手続き自体を電子契約サービスに切り替える事業所も増えています。切り替える際は、次の点を押さえておきましょう。
POINT
電子署名サービスの選定:本人確認の仕組み(メール認証・SMS認証等)や、締結記録の保存期間を確認する。
利用者側の対応可否:高齢の利用者やその家族がスマートフォン・パソコンを使えるか、事前に確認する。
書面との併用体制:電子契約に対応できない利用者には、引き続き書面での契約を選べるようにしておく。
電子契約に切り替えたら、書面はもう作らなくていいんでしょうか?
すべての利用者が電子契約に対応できるとは限りません。全面移行ではなく、書面と電子契約を選べる体制にしておくのが現実的です。ご家族が遠方にいて来所が難しいケースなど、電子契約が役立つ場面から少しずつ広げていくとよいでしょう。
押印・電子契約対応を見直す5つのステップ
実際に押印ルールや電子契約対応を見直す際は、次の5ステップで進めると混乱が少なくなります。
- 現状のルールを棚卸しするどの書類に押印を求めているか、実印・認印のどちらを案内しているかを一覧化します。
- 省略・電子化の対象範囲を決めるすべての書類を一律に見直すのではなく、契約書・重要事項説明書など対象を明確にします。
- 代替の証明手段を用意する本人確認情報の記録・保存方法や、説明・同意の経緯を残す記録様式を整えます。
- 利用者・家族への案内方法を決める押印省略や電子契約について、どのタイミングでどう説明し、希望を確認するかを統一します。
- 社内ルールとして明文化する決めた内容を運営規程や事務マニュアルに反映し、担当者によって対応がぶれないようにします。
よくある質問
訪問看護の契約書に押印がなくても契約は成立しますか?
成立します。内閣府・法務省・経済産業省「押印についてのQ&A」(令和2年6月19日)によると、契約は当事者の意思の合致により成立するものであり、書面への押印は特段の定めがある場合を除き必要な要件とはされていません。
押印には何の意味もないのですか?
意味はあります。本人による押印があれば、民事訴訟法第228条第4項により、その文書が本人の作成によるものと推定され、裁判になった際の証明負担が軽減されます。ただし、この効果は限定的で、契約の成立要件ではありません。
訪問看護の重要事項説明は電磁的方法で行えますか?
可能です。訪問看護は「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」における訪問介護の重要事項説明規定を準用しており、あらかじめ利用者・家族の承諾を得るなどの要件のもとで、電磁的方法による説明・同意が認められています。
電子契約に切り替える場合、書面は一切不要になりますか?
不要にはなりません。電子契約に対応できない利用者もいるため、書面での契約も選べる体制を残しておくのが現実的です。切り替えは、対応可能な利用者から段階的に進めることをおすすめします。
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まとめ|押印がなくても契約は成立する。大切なのは記録と利用者への配慮
訪問看護の契約書に押印がなくても、契約そのものは法律上有効に成立します。大切なのは、押印の有無にかかわらず、説明・同意の経緯を記録に残しておくことと、利用者・家族の状況に合わせて書面・電子契約を選べる体制を整えておくことです。
この記事のまとめ
- 契約書への押印は法律上の必須要件ではなく、なくても契約の効力に影響しない
- 押印には民事訴訟法上の証明負担軽減効果があるが、その効果は限定的
- 訪問看護の重要事項説明・同意は、事前承諾など要件を満たせば電磁的方法でも行える
- 押印を省略する場合は、成立の真正性を証明する記録と利用者への配慮を欠かさない
- 電子契約への切り替えは全面移行ではなく、書面と選べる体制が現実的
まずは自事業所の押印ルールを棚卸しし、対象範囲と代替の記録方法から検討を始めてみてください。
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